病の軌跡 × フェーズ別「先回り対応表」
ALSは数値が動く前に準備を始めるのが要。各フェーズで「評価すること/話し合うこと/備えること」を先回りで示す。フェーズはKing's・MiToSの病期と対応させている。
自然経過と生存の目安
病型で経過が違う(平均生存)
| 病型 | 平均生存 | ひとこと |
|---|---|---|
| 球麻痺型 | 33.5ヶ月 | 構音・嚥下から始まる。相対的に経過が速い |
| 脊髄(四肢)発症型 | 45.2ヶ月 | 最も多い型 |
| flail arm型 | 76.8ヶ月 | 上肢近位優位・UMN徴候に乏しい。経過が長い |
| flail leg型 | 75.9ヶ月 | 下肢優位。経過が長い |
ALSFRS-R 計算機
各項目をタップして選ぶと、合計点・ドメイン別・進行速度(ΔFS)・MiToS推定を自動計算。患者データは保存も送信もしない(画面を閉じると消える)。
ΔFS(進行速度)の読み方
ΔFS =(48 − 現在の合計点)÷ 発症からの月数(点/月)。大きいほど速い進行で、診断時のΔFSが生存と相関する(Kimura 2006 Neurology)。
MiToS推定について
MiToSは4ドメイン(運動・嚥下・会話・呼吸)で「自立を失った数」を数える病期。本アプリは各対応項目が0〜1点なら喪失とみなして推定する。
- 運動:着衣(項6) または 歩行(項8)
- 嚥下:嚥下(項3)
- 会話:言語(項1) かつ 書字(項4)
- 呼吸:呼吸困難(項10) または 呼吸不全(項12)
King's clinical staging(参考・手動)
King'sは診察で「障害されたCNS領域の数」+胃瘻/NIVの有無で決まり、ALSFRS-Rだけからは正確に導けない。下で選ぶと段階が出る。
呼吸評価とモニター
| 指標 | 意味・在宅での使い方 |
|---|---|
| %FVC 努力肺活量 | 最も普及。携帯スパイロで測定可。球麻痺でマスク密着が悪いと過小評価されるので値だけで判断しない |
| SNIP 鼻腔吸気圧 | 鼻から「スンッ」と吸うだけ。球麻痺例ではFVCより鋭敏 |
| MIP/PImax | 呼吸筋力。口唇筋力低下で測定困難なことあり |
| 夜間SpO2 | 在宅で最も現実的。指先オキシメータで一晩記録し夜間低換気を拾う |
| 起坐呼吸 | 横隔膜不全の早期サイン。問診のみ(ALSFRS-R項11) |
NPPV(マスク式)導入の目安
神経筋疾患へのNPPVは第一選択(推奨度B):日本呼吸器学会 NPPVガイドライン改訂第2版(2015)CQ20。
導入カットオフ(国際ガイドライン)
| ガイドライン | 導入を検討する基準(いずれか) |
|---|---|
| NICE NG42 | FVC/VC <50%/SNIP・MIP <40cmH2O/FVC<80%+症状 |
| EFNS 2012 | FVC<80%/SNIP<40/MIP<−60cmH2O/夜間低酸素/早朝PaCO2>45mmHg(+呼吸器症状) |
| AAN 2009 | 起坐呼吸+MIP<−60、SNP<40で夜間低酸素と相関(推奨度B) |
⚠️ 「11ヶ月延長」は別の観察研究の値で、この試験の結果ではない(混同に注意)。
TPPV(気管切開下人工呼吸)
排痰・呼吸リハ
MI-EはNPPVと併用が神経筋疾患の標準(日本呼吸器学会2015)。関節可動域訓練など呼吸以外のリハも早期から。
呼吸困難の緩和(在宅)
「モルヒネが原因で死期を早めたというエビデンスはない」とGL2023が明記。ただし呼吸抑制の副作用には留意し、低酸素へはCO2ナルコーシスに注意して少量酸素。不安には抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)併用。
胃瘻(PEG)のタイミング
3手技(PEG/RIG/PRG)の30日死亡は3%・3%・7%で有意差なし(ProGas 2015, n=330)。
嚥下・栄養の評価
| ツール | やり方・カットオフ |
|---|---|
| EAT-10 | 10項目 各0-4点。一般は3点以上で異常。ALSで誤嚥検出はカットオフ8点(感度86%/特異度72%) |
| 反復唾液嚥下テスト (RSST) | 30秒間の空嚥下回数。3回未満で陽性(VF比 感度0.98/特異度0.66) |
| 改訂水飲みテスト (MWST) | 冷水3mLを嚥下→むせ・湿性嗄声・呼吸変化を評価。問題なければ30mLへ |
| 藤島グレード | 「食べられている状態」の10段階(重症度分類。スクリーニングではない) |
必要エネルギーと代謝亢進
唾液・流涎の管理
第一選択は抗コリン薬(口腔乾燥という副作用を治療に利用)。EFNS 2012の順序:アミトリプチリン → スコポラミン(経皮/経口)または舌下アトロピン → 難治例でボツリヌス毒素注射。
薬剤(一般名):アトロピン点眼の口腔内投与、スコポラミン、グリコピロニウム、アミトリプチリン等。難治例のボツリヌス毒素B型はAAN 2009で推奨度B、低線量唾液腺照射は推奨度C。各薬剤・ボツリヌス毒素の国内での流涎への保険適応は要確認。副作用に便秘・尿閉・喀痰粘稠化。
告知(診断の伝え方)
- 原則、初回から本人に説明。患者より先に家族だけに説明しない(認知症・うつで意思決定能力が下がっている場合を除く)。同意を得て家族・多職種の同席を促す。
- 45〜60分を確保し中断させない。重要情報は最初に、悪い情報は良い情報と共に。
- 「治療法はありません」「当院ですることはありません」は禁句。方針は後で変更してよいと伝える。セカンドオピニオンも容認。
- 予後は「個人差が大きく、5年・10年もしくはそれ以上生存する場合がある」ことに言及。
- 胃瘻・NIVなど推奨処置は「治療」として明確に勧める。選択肢を並べるだけは不親切でストレスになる。
意思決定のタイミング早見
患者は決定を先延ばしにしがち。コミュニケーション能力や意思決定能力が失われる前に、繰り返し話し合って決めておく。
| テーマ | いつ/何を目安に |
|---|---|
| 胃瘻 | 体重10%減・むせ等の初期徴候で。%FVC≥50%のうちに(<30%は危険) |
| NIV | 遅くとも呼吸症状の出現時。%FVC<80で早期導入の相談を |
| TIV | NIV+MI-EでSpO2 90%/pCO2 50が維持できない前に。待機的に。装着前の合意が決定的 |
| 急変時 | 診断早期から。TIV希望の有無を先に決める(下記) |
| 意思伝達手段 | 進行後期までに視線入力等を確立。眼球運動も障害されうる前提で早めに |
急変時対応(事前に決めておく)
- 方針をカルテ・かかりつけ医・診療情報提供書に記載。
- 気管挿管を希望しない旨の事前指示書は、救急救命士にもわかる場所(玄関・冷蔵庫など)に保管。
- 救急要請の手順を事前にシミュレーションしておく(心肺停止時に限り救急救命士の気管挿管が認められる制度がある)。
装着した人工呼吸器の中止をめぐる論点
- TIV離脱が「安楽死」か「治療の中止」かは議論があるが結論は出ていない。いずれにせよ本人の意思が最優先、家族の意向のみでは行えない。
- 判例(東海大1995・川崎協同病院2005)は治療中止の要件として「死が避けられず死期が迫っていること」を挙げる。TIV継続で延命できるALSは「死期が迫っている」に該当しにくい。
- 厚労省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」は本人の(推定)意思が確認できれば中止可能とするが、具体的手順の記載はない。
- だからこそ装着前のACP/SDMが決定的に重要。
認知機能・FTD
明らかな認知症を伴う例はまれだが、軽度を含めると認知機能低下は半数強で検出され進行とともに増える。前景は前頭側頭葉機能(遂行機能・情動・行動)で、重い記憶・見当識障害はまれ(ADとは異なる)。
合併頻度:日本の多施設研究でbvFTD 5.4%(Watanabe 2020)、イタリアではFTD 20.5%・何らかの認知低下51.8%(Chiò 2019)。日本はC9ORF72変異が欧米より少なく頻度が異なる可能性。FTDは予後不良因子であり意思決定能力に直結するため、能力評価と代理意思決定者の特定が必須。
指定難病・難病医療費助成
重症度分類(2度以上が対象)
- 2度:家事・就労は困難だが日常生活はおおむね自立
- 3度:食事・排泄・移動のいずれか1つ以上ができず介助を要する
- 4度:呼吸困難・痰の喀出困難あるいは嚥下障害がある
- 5度:気管切開・非経口栄養・人工呼吸器使用
- (1度の正確な定義は本アプリでは要確認)
介護保険(40〜64歳でも使える)
流れ:市町村へ申請→認定調査+主治医意見書→一次判定→介護認定審査会→要支援1-2/要介護1-5→ケアプラン。根拠:介護保険法施行令第2条。
訪問看護は医療保険へ(別表7)
在宅の家族・患者への一次案内では「難病医療費助成」+「訪問看護の医療保険移行(別表7)」が最初の要点。
身体障害者手帳
- 肢体不自由:進行に伴い認定(進行性のため再認定・等級変更あり)。
- 呼吸器機能障害:常時人工呼吸器を使用する必要がある者は1級。
- 音声・言語・そしゃく機能障害でも該当しうる。
重度訪問介護・意思伝達装置
重度訪問介護
常時介護を要する重度肢体不自由等に、居宅介護・外出時の移動介護・長時間の見守り的援助を提供(障害支援区分4以上が目安)。最重度・意思疎通困難例は重度障害者等包括支援(区分6)。人工呼吸器装着ALSが典型対象。
重度障害者用意思伝達装置
補装具費支給制度で給付。重度の両上下肢+言語機能障害で装置がないと意思伝達困難な者が対象。原則1割負担(非課税世帯0円、課税世帯 月37,200円上限。所得割46万円以上の世帯は対象外)。基準額・耐用年数は要確認
在宅の主な医療点数(無床診療所)
| 管理料・加算 | 点数/月 |
|---|---|
| 在宅人工呼吸指導管理料 C107 | 2,800点(令和8年度 据え置き確認) |
| 人工呼吸器加算 C170(気切/TPPV) | 7,480点 R6値 |
| 人工呼吸器加算 C170(マスク/NPPV) | 6,480点 R6値 |
| 在宅酸素療法指導管理料 C103 | 2,400点 R6値 |
C107は令和8年度点数表で据え置きを確認。C170・C103と各材料加算は令和6年度値で、令和8年度公式点数表での個別確認は要確認(変更情報は見当たらず)。
災害・停電対策(人工呼吸器装着者)
- 内部バッテリーは数時間。外部バッテリー複数+発電機で3日以上の電源確保が推奨。予備回路・予備カニューレ・加温加湿器も平常時から。
- 自治体の非常用電源設備整備事業(医療機関が患者へ無償貸与する購入費を補助)を活用。内容は自治体で差がある。
- ケアマネ・相談支援専門員と災害時個別支援計画(個別避難計画)を平常時に作成。
主な出典(一次情報)
- 日本神経学会 ALS診療ガイドライン2023(本アプリの中核。全文PDFを逐語確認)
neurology-jp.org/guidelinem/als_2023.html - 日本呼吸器学会 NPPVガイドライン改訂第2版(2015)CQ20
- NICE NG42(2016/更新2019)
- EFNS ガイドライン(Andersen 2012 Eur J Neurol)
- AAN Practice Parameter(Miller 2009 Neurology)
- Bourke 2006 Lancet Neurol(NIVのRCT)/Kimura 2006 Neurology(ΔFS)
- King's staging(Roche 2012 Brain)/MiToS(Chiò 2015 JNNP)
- ProGas 2015 Lancet Neurol(胃瘻3手技)/栄養 系統的レビュー2025(PMC11901627)
- ALSFRS-R原著(Cedarbaum 1999 J Neurol Sci)/日本語版文言:ALSステーション
- 難病情報センター/厚労省(介護保険・障害福祉・補装具・在宅点数)
作成方針と注意
- 数値・カットオフは可能な限り一次情報で裏取りし、日本のガイドライン値と国際ガイドライン値を区別して記載した。
- 裏が取れなかった項目は 要確認 を付けた(重症度1度の定義、意思伝達装置の基準額、R8点数表の一部、武豊町の災害電源事業、国内の流涎薬保険適応 など)。
- 薬剤はすべて一般名。
- ΔFSのfast/slow公式カットオフは存在しない/NIV生存延長は約205日・非球麻痺例限定("11ヶ月"は誤帰属)など、誤解しやすい点は本文で明示した。
最終確認日:2026-07-05